なぜ、生きている人を死人の中で捜すのですか?

「~そしてキリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。」(Ⅰコリント15:12~18)
「イースター」を知っている人は、この世界でどれくらいいるでしょうか。「クリスマス」は、誰もがそれを楽しみ祝うものですが、イースターは一般的にあまり知られていません。しかし、このイースターこそが、イエス・キリストが神であることの証であり、私たちの信仰の基となるものです。「イースター」は復活祭と呼ばれ、イエス様が死を打ち破ってよみがえられたことを誉めたたえ、感謝する日です。私達は、この良き知らせを世界中に良い広めなくてはなりません。
 イエス様の復活についてはマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書に書かれてあります。
 イエス様が死なれた後、マグダラのマリヤをはじめとする幾人かの女性が香料をもってイエス様のお墓に行きました。しかし、墓の石が転がされてあり、そこにイエス様のからだはありませんでした。彼女たちが途方に暮れていると、まばゆいばかりの衣を着たふたりの人が女達のところに来て「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。」と言ったのです。
 イエス様は幾度となく周りの者に「わたしは死んで3日目によみがえる」と伝えていました。しかし、彼らはそれを理解することが出来ませんでした。ですから、すでによみがえられていた方を死人の中から捜し出そうとしたのです。イエス様は「生きる」と言われたのに…。
 私たちも時にそのような間違いを犯すことがあります。イエス様がビジョンを与えて下さったのに、「これは無理だろう。」とあきらめてしまう、奇跡を起こすと約束して下さっているのに、信じることが出来ない、などです。
 私たちが信じなければならない大切なことは、イエス様は今も生きて働いておられる!ということです。イエス様は「求めよ。そうすれば与えられる。」と言われます。イエス様は生きておられるので、私たちに与えることが出来るのです。私たちが、信じて賛美し、感謝していくならば、必ず祝福を受けることが出来るのです。
 イエス様の御降誕を知った最初の人は、貧しい羊飼い達でした。
イエス様は弱い者、見下されている者に目を留め、希望を与えて下さる方です。イエス様が一番最初にパラダイスに連れて行かれたのは、死ぬ直前までイエス様を呪っていた強盗でした。それを知る時、イエス様の愛の深さを知ることが出来るのです。
 神様は、イエス様を十字架につけるほどの私たちを愛して下さいました。しかし、その愛は聖霊による導きなしに理解することは出来ません。異言を伴う聖霊に満たされる時、真理が明らかにされ、信仰の霊が注がれます。弟子達も、はじめはイエス様の復活の意味を理解することが出来ませんでした。聖霊が注がれた時、はっきりと神様の奥義を理解し、復活の信仰をもって大胆に福音を宣べ伝えることが出来たのです。私たちは、生きている主を死人の中から捜してはなりません。復活の主は今も生きて働かれています!信じましょう!!

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