わたしのもとに来て飲みなさい

「さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。『だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。』」(ヨハネ7:37,38)

 教会では「救われる」という言葉をよく使います。この言葉を世の中では、「病気が治った、問題から解放された、苦しみから助けられた」という意味で使いますが、聖書の示す「救い」は「原罪からの救い」を意味します。
 神様から見れば、人類は皆罪人です。すべての人は罪を犯しており、その行く先は滅びであると聖書には書かれてあります。しかし、その罪の束縛から救って下さるお方がいます。それがイエス・キリストです。罪のない神様が人の姿をとってこの地上に来られ、私たちの罪をすべて背負って十字架にかかって下さいました。私たちの罪を赦すために私たちの身代わりとなって罪の罰を受けて下さったのです。ここに、神様の深い愛が表されています。このことを、私たちが信じ受け入れる時、私たちは罪から解放され、救われるのです。
 かつてのイスラエルの王であるダビデは、神様の深い愛を詩篇23篇で詩っています。
「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。~たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私と共におられますから。~まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。」
 神様の救いを受け取った人は、新しい命が与えられ、死を恐れずに天国に望みを置き、祝福された人生を歩むことが出来ます。
 この世の中は、「救ってほしい!」と助けを求めている方が大勢います。そして、言いようもない不安と恐れにおびえているのです。
 イエス様は「誰でも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」と言われます。
飢え渇いてイエス様のもとに行き、イエス様の救いを信じ受け入れるなら、私たちのうちの死んでいた霊(神様との交わりの器官)は生き返り、その瞬間、縛られていたものから完全に解放されるのです。(罪の束縛、死の恐怖、病、不安、恐れ、悪い思いetc)
そればかりではなく、内なる霊が主を喜び、口からは賛美があふれ出るようになります。そして、「わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」とあるように、その人の心の奥底からは聖霊が流れ、人々に影響を与える者となるのです。そのとき、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」という御言葉があなたを通して実現するのです。
 生きる目的を失っているこの世の中で、私たちは示していかなければなりません。イエス・キリストことが私たちの救い主であり、神様の栄光を現すことが私たちの生きる目的であることを。
そのために、私たちは日々、聖霊の満たしを受け、聖霊を押し流す者、また人々に良い影響を与える者として整えられていきましょう。

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