福音の群の教会

神の武具

「終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。~悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。~」(エペソ6:10~20)

 私たちの人生はいつも戦いです。では、私たちの戦いの場はどこでしょうか。職場ですか?家庭ですか?学校ですか?
 いいえ、違います。戦場は私たちの内に、つまり心(思い)にあるのです。 ~続きを読む~

3つの口癖(メッセージ:栄義之師)

「幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。」(詩篇1篇)
 私たちは、「信仰告白」の素晴らしさを知り、それを本音で信じ、最後まであきらめずに告白し続ける必要があります。
あなたは幸せになりたいですか?では告白しましょう。 ~続きを読む~

召天者記念礼拝( 黙示録21章1~7節)

 今日、私達は先に召された兄姉達が、この地から死んでいなくなったのではなく、「神に召されて住まいを天に移された。」と言う事を知らなければなりません。
 彼らは、今、神様の御前で賛美と礼拝をささげている事でしょう。これは、信仰によって(神の言葉に立って)知るのです。
 ダニエル書の2章にネブカデネザルという王さまが出てきます。彼は、バビロン帝国の王で、この世の全ての権勢を手中にし、彼が言った言葉の通りに事がなるほどでした。しかしある日、彼は夢を見、それ以来眠る事が出来なくなったのです。
そこで、王は、国の呪法師、呪術者、等を呼び寄せ、自分が見た夢を教えずに、夢の解きあかしをするように命じました。そして、見た夢とその解きあかしが出来なければ、あなたがたの手足を切り離し、その家を滅ばす」と言ったのです。それを彼らは、「王のお尋ねになる事は難しい事です。神以外には、それを解き明かす事の出来る者はいません。」と答えました。
この世の宗教や哲学、思想も、権勢も地から出たものでは、神の働きを理解する事は出来ません。聖霊によらなければ真の神の働きは、理解する事が出来ないのです。 ~続きを読む~

誰が一番偉い?(マタイ18章)

 イエス様は、時折私たちの理解を超えたことを語られたり、行われたりします。17章には、宮の納入金の問題が出てきます。
 イエス様は本来神であられるお方なので、その義務がないと言われました。しかし、理解出来ないこの世の人々に、つまづきを与えないために税金を支払いました。しかし、その方法は、湖に行って魚を釣り、その口に入っている(もちろん、神様が用意して下さったもの)お金をご自分の分として納めるというものでした。
 その時、弟子達は驚いたものの、「イエス様こそが、一番偉いと思っていたのに、イエス様もこの世に従うのか。では、天の御国では、誰が一番偉いのだろうか。」という疑問が出てきました。
 そこで、イエス様は、小さい子どもを呼び寄せて「あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。」と言われ、また「自分を低くする者が、天の御国で一番偉いのです。」とも言われました。 ~続きを読む~

立ち上がれ

「その方は私に仰せられた。『人の子よ。立ち上がれ。わたしがあなたに語るから。』」(エゼキエル2:1)

 エゼキエルという青年に神様が語られたことばです。彼は幻を見、その中で神様との交わりの時を持ちました。神様がエゼキエルに語り終わると、すぐに霊が彼のうちにはいり、彼を立ち上がらせました。 神様のことばには命があり力があります。神様が語られ、私達がそのことばを受け入れる時、神様が私達の内に現れて下さり、立ち上がらせて下さるのです。
 イエス様は、「わたしは命のパンである。」と言われました。私達はこの命「御言葉」を持って生き、その御言葉を食べる時、立ち上がることが出来ます。
 この世の宗教、また倫理や哲学は、「~のようにしなさい。」と知恵は与えてくれます。しかし、立ち上がる力までは与えてくれません。世の語るものは、ただの教えでしかないからです。
 信仰を持って従う時、爆発的な力が働き、私達自身が変わり、立ち上がることが出来るのです。 ~続きを読む~

Page 1 of 5312345»...Last »